横山園芸 横山直樹 東京
僕が辞めたら絶えてしまう。使命感に突き動かされて(前編)
VOICEの香内斉が、自身と深く繋がりを持ち、尊敬する“人”にフォーカスを当てる「JOURNAL」。8人目としてご登場いただくのは、秋のVOICEに欠かせないひときわ華やかな花、ダイヤモンドリリーの生産・品種改良に力を入れている横山園芸の横山直樹さんです。収穫の後半期を迎えた2020年11月のある日、我々は横山園芸を訪ねました。(全2回)
text:Kaori TAKAYAMA(Magazine isn’t dead.)/ photo:Tomohiro MAZAWA
3万本を手で収穫する
パキン、と潔い音が鳴り響く。丈夫な花が育っている証拠だ。みずみずしい茎を手で触りながら瞬時にカットする方向を見極め、収穫する。「1年で使い捨ての球根ではないので、ハサミを使うとウイルスが入ってしまう可能性がある。こうやって全て手で折って、切り口に触れないようにして集めていきます」。楕円形の茎は縦方向にきれいに折れるが、違う方向には不思議と折ることができない。
「うちの父も手で収穫していましたね。感覚で覚えるしかないから、触って音を聞いて鍛えていきました。何万本と切っていくので、昔は11月中旬になると爪がまったくない状態になって、ものすごく痛くて」。
横山さんは、1年の中でほんの2ヶ月しか収穫ができないダイヤモンドリリーに全身全霊を注いでいる。光に当たると花びらが煌めく、美しい花。しなやかな茎から細い花びらが八方に広がり、華やかな佇まいをみせる。
「表面に並ぶ細胞がゴツゴツしているので、光を反射してキラキラするんです。普通は四角い細胞が列をなしているので光を吸収します。つまり、角を削ったダイヤモンドの石と同じようなものですね」。
南アフリカを原産国とするその花は、出荷時期が限られている上、花を咲かせるまで何年もかかる。ゆえに生産者は多くなく、生産に加えて研究や品種改良に力を入れているのは世界的にみても横山さんくらいしかいないという。非効率的で、苦労の多い仕事を続ける理由とは何なのか。
サッカーが繋げてくれたイギリスでの日々
「実は、中学生くらいまでは農家になりたくないと思っていました。大変だし、休みはなさそうだし、あまり儲からなそうだし(苦笑)。ただ、儲からないけど本当に好きな花をやっていたからこそ残っているということもあるんですけどね」。
ダイヤモンドリリーの生産は父から受け継いだものだ。その父にはまた別の師匠がいた。師匠から父へ、そして父から子へ。横山さんが生まれたときから、当たり前のように傍にあった。花に携わる仕事がしたいと思ったのは自然な流れなのかもしれない。
「花が好きだから、研究者とかそういう仕事に就こうと考えていました。千葉大学の園芸学部という狭き門を受験したのですが、予想外に落ちてしまって。私立に行くお金はないし浪人はできないから、花の勉強のために専門学校へ通うことにしました」。
卒業後はイギリスへ渡り、見識を広めた。「僕はサッカー小僧で、サッカーしかしてなくて受験に失敗したようなものなんだけど、そのおかげでサッカー大国イギリスではすぐに友達ができました。あと、花は世界の共通語。きれいだよねって言うだけで友達になれる。この花はどうやって育てるの?とかそんな話をしているといつの間にか友達も増えて、英語も自然とできるようになって。そういった意味で人生に無駄はないと思いますね」。受験に合格していれば、きっと今の横山さんはいない。「大学に行かなかったからいい経験ができたというのが正直なところですね。大学に行っていたらイギリスにも南アフリカへも行っていなかったかもしれない」と振り返る。
現地では存在すら知られていないという事実
イギリスでの経験を生かし、帰国後はダイヤモンドリリーの研究に邁進してきた。
種を蒔き、初めて花を咲かせるまで約7年。その球根を増やすためにさらに約8年。一つの球根から1本しか花は咲かず、季節は秋に限られる。生産性も悪く、当然採算性も低い。商売に向かないことは想像に難くないだろう。
ダイヤモンドリリーの自生地である南アフリカに初めて足を運んだのは13年ほど前のことだ。イギリスでの留学時代に知り合った人を訪ね、案内してもらった。今は花がほとんど残っていない現地での歴史は18世紀に遡る。ダイヤモンドのような花の輝きに魅了されたロスチャイルド家が南アフリカからイギリスへ持ち帰ったことから始まり、植民地時代に根こそぎ球根が掘られてしまったらしい。
「現地では存在すら知らない人もいるし、研究者でさえもこんな色があるんだ、みたいな状態なんです。だからいつかは南アフリカに戻したい。現地だったらビニールハウスがなくても地面に植えておけばいいので、自生地に復活させて、最終的には現地の人の産業にしたいと思っています。僕が今これで少なくとも生業を立てさせてもらっている恩返しがしたくて」。(後編へ続く)