横山園芸 横山直樹 東京
僕が辞めたら絶えてしまう。使命感に突き動かされて(後編)
VOICEの香内斉が、自身と深く繋がりを持ち、尊敬する“人”にフォーカスを当てる「JOURNAL」。8人目としてご登場いただくのは、ダイヤモンドリリーの生産・品種改良に力を入れている横山園芸の横山直樹さんです。前編では、留学時代のことや原産地の南アフリカを訪れての気づきなどをお聞きしました。後編では、ダイヤモンドリリーがどのように育つのか、そして、花への溢れる思いも伺います。(全2回)
text:Kaori TAKAYAMA(Magazine isn’t dead.)/ photo:Tomohiro MAZAWA
過度なストレスを与えてよりよい環境をつくる
現地を訪れたことで気づいたことがたくさんあった。「どんな風に育って、どんな環境が好きなのか。それは南アフリカで学んだからこそ行き着いたことです。例えば、球根だから夏は乾燥させていいというイメージが強かったし、父の代までは水を一切あげていなかった。でも20cmくらい土を掘っていくと、ちょっと湿気が出てきて、そこに根を張って生きていたんです。だから夏でも少し水をあげることにしました」。
結果、球根がしぼみすぎずに開花率が上がるなど、いい花を咲かせることに繋がった。南アフリカで目の当たりにした事実が横山さんを変えた。
「自然が全てじゃないんです。自然は生き残れる環境であって、もっとよい環境って実はつくることができる。そこら辺にある雑草に肥料をやれば大きくなるのと一緒です。環境を整えてあげることで、今までは30cmしか伸びなかったものが50cmくらいになったりする。年間通しての水やり管理や、過度なストレスを与えること。そのさじ加減を見つけるのがすごく大変な反面、面白みでもあるんです」。
現地では岩場などに挟まるようにして生きていたダイヤモンドリリー。その環境に近づけるべく、地面ではなく鉢に植える。「この子たちを地面に植えると、危機感がなくて(笑)。花を咲かさなくても生きていられると思って咲かなくなるんですよ。だから鉢にぎゅうぎゅうになるくらいに植えて、“咲かないと枯れちゃう”と思わせる。適度に過酷な環境で花を咲かせるんです」。
我が子同然のダイヤモンドリリー
花のことを「この子」と呼ぶ横山さんにとって、育てているものは全て我が子同然なのだろう。つぼみの下を指で触れるのが癖になっているほど、一本一本に「ちゃんと咲けよ」と念を込める。
昔の品種や原種(野生種)を維持し、また新たな品種を生み出す試験的な場所である親株室も見学させてもらった。全ての鉢に文字が書かれたラベルがずらっと並ぶ。「一番古い品種だと1903年のものがありますね。昔の品種はこんな風に花が小さかったり、細かったり、輪数が少なかった。ラベルには種を蒔いた年や、何と何を交配させたのかなどを記載して管理しています。だからこのラベルが命です」。現在切り花として流通させているのは40品種ほどだが、維持しているのは500品種以上に及ぶ。
「他の花のように温度と光を調整すれば簡単に咲くものではないんです。毎年使う球根なので、1年無理させると、2年目3年目に咲かなくなってしまったり、腐ったりもします」。開花調整が非常に難しい花なのだ。
それでも、昔は10月下旬から11月上旬の2週間しか出荷できなかったダイヤモンドリリーの温度調整と品種改良を重ね、1ヶ月まで伸ばした。クリスパと呼ばれる小さな品種を合わせると約2ヶ月間の出荷が可能になったという。このわずか2ヶ月のために、1年間を管理に費やす。加えて、一つの品種が完成するまでに最低でも15年はかかる。一般的な切り花生産者には考えられないことではないだろうか。
絶えてしまうと思うと、なおさらつくり続ける使命を感じる
「僕が育てることを辞めてしまえば、なくなってしまう品種もたくさんあります。絶えてしまうと思うと、なおさらつくり続ける使命を感じるんです。ダイヤモンドリリーの運命的なことを知ってしまったこともあるし、これだけ輝く花って唯一無二のものだから」。横山さんの言葉に力がこもる。「でも、昔と同じ品種ばかりをつくるのではなく、もっと花の持つポテンシャルを最大限に出してあげたいんです」。
かつては単色の品種が大半を占めていたが、現在は複色で内側にピンクや白を纏わせた花もある。近年はくすんだ色が人気だというが、横山さんが生産を始めた20年ほど前は全く見向きもされなかった。「ヨーロッパで修行をしてきたフローリストの方で、将来的にこういう色も受け入れられるようになるから改良を続けてみなよ、と言ってくれた人がいたんです。それが15年前の話で、やっとの思いでできた花を真っ先に届けたかったのですが、その方は僕が届けようとした日に亡くなってしまったんです。見せることはできなかったけれど、その方がいなければ僕はこの色を生み出していないですね」。
どんな形や色でも、魅力がある。「この一本を見たときに、純粋に綺麗と思える花をつくりたい。細胞の大きさや形によっても輝きが変わるんです。一輪の花としての表情が本当に豊かなんですよね」。
その一輪に、人生を懸ける人がいる。いつか手に取ってくれる、あなたに届けるために。ダイヤモンドリリーが秘める可能性を信じて、横山さんは今日も変わることなくその花とともに歩み続けている。