加藤洋ラン園 加藤英世 千葉

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日々忙しく仕事するなら、自分が好きな花を作ることで楽しい仕事にしたい

VOICEの香内斉が、自身と深く繋がりを持ち、尊敬するにフォーカスを当てる「JOURNAL」。6人目としてご登場いただくのは、毎週水曜日にVOICEに入荷しているミディファレノを生産している加藤洋ラン園の加藤英世さん。品種数が多いだけでなく、花の大きさも小ぶりで、なんといってもかわいい、と香内はその魅力を語る。早春のある日、我々は加藤洋ラン園を訪ねました。

text:Junko SAKURAI(audax)/ photo:Kaori NISHIDA

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ミディファレノとは

 実はミディファレノとは正式な花の名前ではない。正しい名称は、ファレノプシスという学名で、和名ではコチョウラン(胡蝶蘭)だ。和名の漢字の通り、ランの一種。ランは植物のなかで最も進化していると言われる花。ラン科には多くの種類(属)があり、その形態、生態、原産地もさまざま。コチョウランは東アジアや東南アジアを原産地とし、白い大輪の鉢植えは日本では開店やお祝いなどの席に贈られることが多い。そして、ミディとは、ミディアムの略称。つまり、白い大輪の花に比べて小さいため、ミディアムサイズと呼ばれはじめた。つまり正しい植物名ではない。とはいえ、ここでは馴染み深いミディファレノという名前で紹介する。

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房総半島の圃場へ

 太陽の光がきらきらと反射する水面を横目に、アクアラインで東京湾を横切り、千葉県南房総市にある加藤洋ラン園へ向かう。東京はまだまだ早春の日差しと気温だけれど、房総半島にはすっかり春だ。加藤さんのハウスは立派な温室が田畑のなかに何棟も並ぶ。一見して大きく経営していることがわかる。

 加藤洋ラン園のオーナーの加藤英世さんは、地元の農業高校を卒業し千葉県立農業大学校を経て、家業に入った。英世さんのお父さんの代から花作りをはじめ、シンビジウムというランを中心に栽培。英世さんが家業に入ったときも、シンビジウムを栽培していたが、徐々に相場が下がりはじめたことで、英世さん自身はカトレアというランの栽培を120坪の圃場からスタートした。今では圃場の面積は2200坪という規模(国内での個人の圃場面積としてはかなり大きい)。切り花のカトレアは、一般の人が自宅で楽しむというよりも、葬儀の装飾やパーティーなどのコサージュなどに使われることがほとんど。加藤さんはカトレアを中心に栽培をしながら、大輪の白いファレノプシスを導入。その流れから手掛けたのが、ミディファレノだ。

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年間咲かせる技術

 ファレノプシスは、フィリピンや台湾など東南アジアの熱帯から亜熱帯を原産地とする着生(ちゃくせい)ラン。それゆえ、日本で栽培するのは温度管理が大切、と加藤さん。栽培しているファレノプシスの苗は、どれも台湾にてメリクロン(組織培養)で作られたもの(つまり、同じ品種の苗だとすべてDNAが同一。クローンというわけだ)。「ファレノプシスは低温で花芽分化(花が咲くように進むこと)し、高温で葉や植物全体が育つ。台湾の苗の段階では、25℃以下には夜温がならないように管理して、日本に届いてから低温で育てて花を咲かせている。でも、春は季咲き(きざき)だから、苦労はない。秋の低温にあたって、花芽分化が進んで春に咲く。でもこの逆で、秋に花を咲かせるというのは難しい」と言葉が続く。この低温を保つというのは温室栽培では容易ではなく、暖房はもちろんだが、冷房もハウスには完備されている。「なんとか年間フラットに出荷したいと思うんだけど、夏は高温のためか、輪数(つぼみの数)がどうしても少なくなる」。温度管理で開花するから、かなりシステマチックに生産できるようでいて、植物のもつ本能的な力もあり、完全に思うようにコントロールすることは難しい。とはいえ、顧客である花店にはできるだけ、年間安定して供給したい。その思いから、日々苦慮しながら花と向き合っている。

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個性のあるミディファレノ

 たっぷりの光が入る明るいハウスのなかを歩くと、ベージュやダークレッド、ピンク、黄色、アプリコットなどさまざまなミディファレノが鉢で育てられている。ガラスのように見えたハウスはフッ素フィルムが張ってある。「車のコーティングにも使われるフッ素はめちゃくちゃ汚れにくく、メーカーは10年耐久と言ってますが20年近い耐久性があります。」ランの栽培は品種を問わず、鉢での栽培が一般的。台湾でのミディファレノの苗は鉢物向けと切り花向けに分けられておらず、台湾の生産側の都合で、日本で人気の品種が廃盤になることも少なくない。加藤さんが気に入っているリトルエンペラーというアプリコットカラーの品種も一度廃盤になり、台湾中の種苗会社を探し、なんとか育て続けている。さまざまな品種は、色と花の大きさ以外にも生育面ではそれぞれ差異がある。「緑色の‘グリーンアップルは日持ちが抜群なんだけど、茎への花の付き方がきれいではなく、花屋さんが使いにくいだろうなとか、どの品種もいいところばかりじゃなくて」と加藤さん。他の品種も、それぞれ茎が曲がりやすかったり、蕾の数がバラついたり、とさまざま。色はよくても作りにくいという品種、季節での花の変化(色や大きさ、日持ちなど)もあり、加藤さんはそれぞれの特性を栽培しながら、把握し栽培している。

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安くはない花だからこそ、きっちり作る

 ミディファレノと比べ、大輪のファレノプシスは花の大きさが第一に評価される。生育中に冷房などでハウスの温度を下げることで株が大きくなるが、冷房の使用率がミディファレノよりも高くコストがかかる。そのうえ、低温により株もダメージを受ける。また品種を苦慮しながら選んでも、仕入れる花店からは白としか評価されないため、品種や色数が多いミディファレノの方が、加藤さん自身栽培していても楽しいと語ってくれた。

 ずっとランの栽培が中心の加藤さん。現在もホワイトレースフラワーを栽培しており、その他の花も試しているが、なかなか上手くいかなかったという。以前、ラナンキュラスを少し手掛けたが、花の顔の個体差が大きくて驚いたという(ラナンキュラスは品種にもよるが、花色、形に個体差の幅がある)。

 「ランは基本的にクローンなので同じ顔だから、色や花形が揃っていないラナンキュラスをどう選別していいか、分からなくて。全然、几帳面じゃないんだけど、合わなくて」と笑う。

 切り花の生産地では、圃場で作った花を収穫し、選別、出荷という作業がある。20年以上栽培しているカトレアの出荷作業は、英世さんの奥さんとスタッフが行っており、しっかりと仕組みができている。ただミディファレノについては、まだ仕組み化できず、加藤さんが一人で常連のお花屋さんには好みや使い方に合わせて品種をセレクトしている。

 「大輪のファレノプシスよりも、手軽とはいえ、ミディファレノは安くはない高価な花。だから、傷があったり、ほかの花より日持ちが悪かったりなんてことは、あってはいけない。そう思って栽培し、出荷作業も責任を持ってやっています。ただマンパワーには限界があるので、 システム化できるよう、その解を早く見つけたいね」。

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楽しい仕事を生業にしたい

 2019年秋の台風被害により、加藤さんのハウスでは停電が1ヶ月続いた。ハウスもダメージを受けただけでなく、エアコンなどランの栽培に不可欠なものを使用することができなかった。それにより、ハウスの立て替えも余儀なくされた。「せっかく、返済が終わって安心していたら、またお金を借りることになったよ」と笑う。ランの栽培では設備投資が、生育面にも大きく関わってくる。そのなかでの昨年のコロナ禍。カトレアも大輪のファレノプシスも冠婚葬祭の用途がメイン。葬儀が親族中心の小規模のものとなったことで、需要は急激に落ちた。しかし、加藤さんは発想を転換させ、今ある大輪のファレノプシスをすべてミディファレノに変えようとしている。

 このミディファレノを栽培するにあたって加藤さんはかなりの投資をした。ラン栽培は、苗自体が高額なことと、ハウスなどの設備、そして管理にも草花などに比べ、どうしても経費がかかる。それでも挑戦する理由を加藤さんは、「花の仕事で楽にすごく儲けるというのは簡単ではない。すごく儲かっている人は、かなり働いている人。簡単に稼ぐのは難しい仕事。そのうえ植物の管理には休みがないから、プライベートも仕事も、分ける程じゃない。だから、いつも仕事しているなら、やっぱり楽しい方がいいなって思っている。忙しく働くなら、楽しい仕事を生業にしたいじゃない」と言い切る。一見して強面の加藤さんだが、仕事への思いはなにより熱い。そしてミディファレノをはじめとするランへの愛も深い。

 たった1本でも飾ることで我々に癒しや楽しさを与えてくれる花。その花、1本、1本に生産者の深い思いと愛情が込められている。

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