​KANSAI NOGUCHI STUDIO 野口寛斉 東京

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“野口寛斉”という生き方 (後編)

VOICEの香内斉が、自身と深く繋がりを持ち、尊敬するにフォーカスを当てる「JOURNAL」。4人目としてご登場いただくのは、初めて個展を開催した場所がVOICEである陶芸家(アーティスト)の野口寛斉(かんさい)さんです。前編では、福岡で過ごした学生時代のことや音楽家としての活動について伺いました。後編では、陶芸の世界に入ったきっかけから話を聞いていきます。(全2回)

text:Kaori TAKAYAMA(Magazine isn’t dead.)/ photo:Natsumi ITO

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アメリカで得たもの

 陶芸を選んだのは、渡航中に滞在していたアメリカ人の友人がきっかけだ。「彼は美術に携わる仕事をしていました。向こうの美術館では日本のものが結構目について、彼からすると『これがジャパニーズ・クールだよ』と。初めて外から日本を見て、新しい感覚に気づいたんですよね。僕は日本人に生まれて、いい環境にいるのになぜ海外のものを必死に求めていたんやろ、と。日本といえば陶芸の国だし、つくるのもきっと嫌いじゃないなと思って」。そうして陶芸の世界にたどり着く。

 帰国後、陶芸教室に通い始める。土に触れてすぐ、「これでいける」という小さな手応えを感じた。また、人生を変えてくれた前述の方へも報告すると、「彫刻家のアシスタントの仕事を紹介してくれたんです。そこに行けば少し道が拓けるかもしれないと言われて」。アシスタントとして働きながら作陶を続けた。

 「鉄を扱っていた彫刻家だったので、腱鞘炎になりながら一日中鉄を削っていました」。帰国して一番辛かった仕事だと話すが、学べることも多かった。「何も知らなかった美術の世界を、道具ひとつから教えてもらったんです。仕事仲間もみんな美大出身で自由に活動していて、いろんなものを習いました」。陶芸に生かされていることもある。「陶芸は土を積んで形にするのですが、彫刻はものを削っていく。だから削って形にしていく方がイメージが湧きやすくて。だから僕の作品は、形も彫刻寄りなのかなと思っています」。

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陶芸家としての覚悟を決めて

 その後アシスタントの仕事を辞め、地元の先輩が経営する建築会社に入社し現場管理を担当。「もちろん陶芸も続けていたので融通を利かせてくれて。平日は仕事が終わった後に、休みの日は教室に通っていました」。電動ろくろを購入し、自宅で作陶を続けた。陶芸への覚悟が滲む。「そういう馬鹿さはあるんですよね(笑)。今だから美化できますが、正直当時はどん底でした。何も形にならんやんって思ってましたね」。

 会社員として1年が経った頃から、作品が徐々に売れ始める。「それが最初の展示会と被り始めるんですよ。どっちもやらなきゃいけないのがしんどくなってアルバイトに雇用形態を変えて働いていましたが、一回腹をくくろうと決めてコロナのタイミングで仕事を辞めました。そうやって一歩踏み出すと、また変わってきましたね」。

 陶芸に舵を切って8年目。これまでにいくつかの連作を発表してきたが、現在主に手がけるのは「JOMON」のyakishimeSkinだ。yakishimeは信楽の赤土と唐津の土をブレンドし、Skinは信楽の白土を使う。「JOMONは確か2017年頃からつくり始めていました。展示会のタイミングで名前を付けようと思っていたら、ちょうど美術館で縄文展のようなものをやっていて、これはハマるなと。昔は形も鈍くさかったですし、技術的にも綺麗ではなかった。もちろんまだまだですけど、徐々に削ぎ落とせるようになってきた感じがします」。

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チューイと輪廻転生と職人の血筋

 今回3度目の個展をVOICEで開催するにあたり、新作の「Reincarnation」を発表する。輪廻転生を意味し、相棒でもある犬のチューイを作品に反映させた。「帰国して飼い始めたチューイが半年前に病気になって、命についてすごく感じさせられたんですよね。このタイミングで自分に嘘のない何かを形にしたくて。死に対してネガティブにならないように、死んでもまた生まれ変わるとか、命はずっと廻るということをテーマにしました」。

 太い線に躍動感が伴う円の連なりは、チューイへの愛だ。「ここまでの素の作品は、もしかしたら今後も出てこないくらいかもしれないです。帰国して陶芸を始めて僕が悩んでいたときも、何も言わないけどチューイが力になってくれて今があるから」。

 近年は陶芸のみにとどまらず、版画やドローイングも好評だ。「陶芸家の40歳は若手だから、あらゆるチャレンジをしていきたいと思っています。一回やってみて何が生まれるか、そんなスタイルですね」。これからも陶芸家という枠を飛び越え続けていくだろう。

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 最後に、名前の寛斉について聞いてみた。名付け親はかつて洋裁を仕事にしていた母で、山本寛斎にあやかったという。実家は寿司屋で父は板前。「ある日母ちゃんが、『何であんたがその道に進んだのかなと思いよったらひいじいちゃんも笠をつくる職人やったんよ』と言っていて」。脈々と受け継がれる職人の血筋に、輪廻転生が重なる。Reincarnationはきっと、大きなターニングポイントになるはずだ。